ナイジェリア

Church in Nigeria

2001年9月、10月、11月)

前号のIARFワールド2001年5月号に掲載されたナイジェリアにおけるムスリムとキリスト教徒間の紛争は今も継続されている。状況は、次第に変わってきてはいるが、北ナイジェリアのカノでは、10月中旬に暴動が起こり、100〜200名が命を落とした。聖地の破壊を含めたカノの事件は、アフガニスタンのアメリカ軍事行動に対するムスリムの不満にあると考えられている。この暴動は、数百人もの死亡者を出したナイジェリアのジョス市の中心地における9月初めのひどい宗教的闘争に引き続いておきた暴動である。ジョス市での宗教的紛争は、ナイジェリア北部の多くの州政府が制定している厳格なイスラーム法の実施に対しての多数のキリスト教徒の激しい感情によって引き起こされたと考えられている。(国連地域統合情報ネットワーク)

この文書によると、北ナイジェリアにおけるおよそ12のイスラーム州政府が、イスラム法を採用している。バーナバス基金は、これらの法律は、キリスト教が多数派の地域には慣習的法律裁判所を設置しており、なおかつムスリムが多数である地域だけに適用されていると推測すると言及している。しかし、様々なキリスト教グループやNGOは、キリスト教徒が犠牲になっており、キリスト教聖職者の活動が制限されていることに関する懸念を表明し続けている。どのようにこれらの法の採用がどのように実施されるのか、IARFにとってまだ明確にはなっていない。いずれにせよ、州の宗教の採用は、1999年ナイジェリア共和国連邦憲法において違法であり、連邦政府は、これらの開発に反対を受けてきた。

現在のナイジェリアの状況に関する歴史的背景として、「非ムスリムの反対があるにも関わらず、ナイジェリア北部のイスラーム州政府のいくつかが厳格なイスラーム法を導入したことが、昨年初めに始まった暴動のきっかけとなったされているが、百万人以上の犠牲者を出した1960年代後半の破壊的市民戦争に端を発する歴史的に存在する民族的、地域的対立が過熱した際にのみこうしたイスラーム法に関する紛争が起きている」とロイター通信社は報告している。